「だぁぁぁぁああああああああああああああああ!」

ダンっという執務机を殴り叩く音と、絶叫。
飛び散る書類。
短い蒼みかかった黒髪を振り乱し、ハシバミ色の瞳を持つ男――は、この国の『王』である。

「陛下。ご乱心ですか?」
その様子を我関せずと平坦な声で問う薄桃色の長い髪を高い位置で結い上げ、アオイ色の瞳を持つ女――はこの国の『軍師』である。
彼女の指には七色蝶といわれる蝶の羽根が付いた、これ一つで国が買えるくらい高い馬鹿高いペンが持たれたていた。
ちなみに、執務室の机と向かい合うようにセットされたソファーに座りながら書類を整理していた。

「キャット!もう駄目もう無理、俺は旅に出る!」
「馬鹿なこと言わないでくださいよ、陛下。貴方が反乱を起こして国をもぎっ取ったんじゃないですか」
「違う!それは違うぞ。その言い方だと俺がまるで逆賊じゃないか!」
だんだんと執務机を叩く青年(王)に、呆れた眼差しを向ける娘(軍師)。
「逆賊以外の何物でもないと思いますよ?ご自分の父親を討って国を乗っ取れば」
「いや、いやいやいや。そもそもの原因はお前だろう!キャット!」
「陛下、ご自分のなされた所業を私になすりつけないでください」
さらさらとペンを走らせる軍師―キャットに、王はぐぬぬぬっと呻き声を上げ、深ぶか椅子に背を預ける。


「米が無ければもち米を食べればいいだろ?の発言にブチ切れて領主を討ったのはお前だった気がするんだが?キャリエ・トーラス」

「あら、ご自分は王の57人目の子供でとりあえず王位継承権は無いけどこのままじゃ国が腐るから、しかたない。親父を殺しに行くか、と剣を掲げたのは誰でしたか?アレク・カロメイア」


しばらくの沈黙の後、

「過ぎたことだ」
「ええ、そうですね」

と二人はかつての荒れ果てた日々を思いくべ互いに、思い浮かべた日々に目をそらした。


 「とりあえず、陛下は陛下のお役目を果たしてください。はい、書類」
「廃書類と言ってくれ」
キャットの差出した書類の束を見てげんなりとしたアレクの頭上に書類の束を叩きつけ、
「破棄するな」
ため息を零した。




 王と軍師は二人は(なぜか)幼馴染だった。
六つの領に別れた農業以外ぱっとしない国と呼ばれるカロメイヤ。
その一つの領で起こった飢饉。
他の領からの支援が受けれず、飢える人々は領主に訴えた。が、肥え太った領主は握り飯を片手に言った。

「米が無いならもち米を食べればいいではないか」


暴動が起きた。
そして、暴動の中心が――キャリエ・トーラス。
後に、カロメイヤの軍部の中心となる少女だった。
この少女――、肥え太った領主に嘆願伺いに行った際に召しかかえられそうになったところを、かつてこの地に静養の名目で後宮を出された王子・アレクと出会った。
無残な姿になっていた少女を助け出したところで思わぬ領主の反撃を受け、深手を負った。
そして、無様に命乞いをするよう要求し――、肥え太った領主は『また』言った。


「米が食べられないなら、もち米を食べればいいだろう」


――そこで、キャリエが切れた。

手にしたアレクの刀で肥え太った領主をめった刺しにし、返り血を浴びながら領主が徴収をし溜めこんでいた米ともち米、玄米、じゃがいもなどを領民に配った。
一時的の飢えをしのいだが、この飢饉なにかおかしい――ざわめく民衆、不穏な空気が流れる。

と言う事で、アレクが己の出自を告げた。

王の57番目の子供であり、諸国を放浪していると。
というか、今も王子であるかわからない、もしかしたら死亡扱いになっているかも。
カロメリアの現状はあまりにも酷く、王の無執政が招いたことだと言った。
王城は賄賂などが横行し、政治はガタガタ。
この飢饉は王が北部に泉宮殿を建てたせいでこの地に水が下りて来ず、作付けに必要な水が確保できなかったからに他ならない、と。


とりあえず、この国腐ってるから王をぶち殺して頭変えて国を良くしよう!


と、アレクは剣を掲げた。



***




 「短絡的だったなー俺」
「何を今さら」

終わらない書類の海でアレクは涙を流す。
あの時、あの場所で、初恋の少女がデブキモ領主に肌をさらして泣いていたことに怒り我を忘れた。

触るな、それは俺のモノだ。

さすがに刀で斬りはしなかったが、顔が変わるくらい殴った。
肥え太っていたので肉体もちょうどいいサンドバックだった。

「あー、なあ。俺を喜ばすために脱いでくれないか?」
「死ね」
一つ一国を買えるくらいある価値のペンが、机上に顎を乗せてだらけていたアレクの鼻先をかすめて飴色の執務机に突き刺さる。
さぁぁぁっと血の気が下がり、

「いやしがほしししししいいいい」

暗殺具として血を吸って来た羽根ペンが鼻をかすめたことに青ざめアレクは嘆く。
当てる気で投げた、半分は。ギリギリのラインで当たればいいな~的に投げた!キャットは!と嘆く。
可愛らしい、可愛くて素直で、アレクのお嫁さんになる、絶対ね!約束だよ!と言ってくれた少女はもういない。
ここにいるのはそう、職務放棄する国王を毛虫のように蔑む軍師だ。
領主を殺してからのキャリエの変わり様はすさまじい。
こんな風に人を蔑むように見る娘(こ)ではなかったのに、と心の中でアレクは涙を流した。


「後宮を作って囲めばいいじゃないですか。陛下にはそれが出来ますよ」

さらりと言われた言葉に、アレクの心は冷えた。
「………いや……俺、いや、私は、いや、…なんていうか」
言い淀むアレクにはっとキャリエは目を見張る。
もしかして…と微かにつぶやかれたがアレクにはその呟きは届かなかった。

「……前々から思っていましたけど…陛下――」

真剣な眼差しで、キャリエはじっとアレクを見つめ、

「な、なんだ?」

その眼差しにドキリと胸を高鳴らせるアレク。

「不能じゃないですよね?」
「そこは好きな女がいるのかって聞けよ!!頼むから!!」


ガンガンと拳で机を叩き、アレクはキャリエに抗議した。


***




 キャリエはアレクが大好きだった。

 小さな頃、近所に越してきた裕福な家の少年。
けど、なぜか『着物』意外は貧乏だった。
少年は着物を質屋に売り、それを生活の糧としていた。
少年の側には付き添うように共に暮らす一人の老人がいた。
老人はとても親切でキャリエは、「じーじ」と呼んでアレクと共に老人の昔話を楽しんで聞いていた。
おもに、

北の大国はこうやって栄えた。
南の小国はこうやって北の大国を防いだ、など。

今思えばキャリエにとって軍師としての知識はその老人のお陰だと、感謝していた。
アレクに老人のことを聞いても言葉を濁すだけで彼のその後は不明だ。
だが、キャリエにとって余り良いことではないのだろう。


 さて、キャリエ・トーラスはアレク・カロメイアが大好きだ。
今も昔も。
肥え太った領主がアレクに命乞いをしろと(殴られて)変形した顔で汚い唾を吐きかけて言い、そして彼を幾度も蹴りつけた。
背中の左肩から斬られた傷口を集中的に狙い、肥え太った領主の足元がアレクの血で汚れる様を見て、キャリエは恐慌した。

アレクが死んじゃう。
アレクが私のせいで死んじゃう――。


投げ出されていた刀を手に、アレクに気を取られていたその場の全てが呆気に取られるほどの速さで――領主に刀を突き刺した。

アレクは勘違いをしている。
領主の『言葉』に怒り、刺したのではない。
アレクを殺されると思ったから、刺したのだ。



 「キャリエ…」
ソファーの上で、キャリエは押し倒され、のしかかられている。
アレクの瞳は真剣で、キャリエは表情に出さないように堪える。

駄目だ、と。
アレクに迷惑になることは駄目だ、と。

「………陛下、ほんっきで、怒りますよ――」

だから、鋭く睨みつける。
声も絞り出すくらいの低く野太い音を出す。

「う…」

眉を下げ、怒られたアレクは悲しそうに――残念と言ってキャリエの上から退く。
キャリエはアレクを極力見ないようにし、速まる鼓動に気づかれないようにするために何度か溜息のような深呼吸を繰り返した。


 ああ、もう。
アレク、大好き――。



「まったく、お遊びなら別の方にしてやってください」
アレクに圧し掛かられた衝撃でカーペットに落ちた書類を拾い集めて苦言を言うと、

「……キャリエは――そうした方がいいと思うか…?」

絞り出したような言葉に、思わず振り返った。
アレクがいた。けれど、アレクの様子を確認する前に――机の上、そう机の上に視線が向かった。
執務机の――書類の山が、崩れている。

……。

「………いいえ。貴方は、一生ここで書類に目を通して判子(王印)押しててください――」

ゆらりとソファーから立ちあがり、わなわなと身体を震わるキャリエ。

「この馬鹿ぁぁぁぁぁ!処理と未処理混ぜてどーーーーすんのよ!!今晩も徹夜じゃない!!アレクの馬鹿ぁぁぁぁああああ!」


キャリエは、絶叫した。


(了)




【あとがき。】

アレク→←キャリエな感じです。
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